Doraの写真機日記

カメラ購入記録や、そのカメラで写した写真をアップしています。最近は、デジタルカメラでの撮影が多くなってしまいました。それでもレンズはMFレンズを使うこともあります。

鎌倉ぶらり散歩

卒業式も終わって、お天気も落ち着いてきたので、また、鎌倉に出かけてきました。
今回は、鎌倉五山の第3位寿福寺、尼寺の英勝寺、海蔵寺、化粧坂切通し近を通って、銭洗弁天、佐助稲荷、鎌倉駅近くの本覚寺の枝垂れ桜を見てきました。
お墓参りの方も多く、鎌倉は混んでいましたが、鎌倉駅から3時間ぐらいで回ってこれます。
折につけて訪れてみたいと思っています。

まず、寿福寺です。
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寿福寺本堂です。
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「寿福寺は臨済宗建長寺派の寺。この寺は鎌倉五山の第三位である。
この地は、昔、奥州征伐に向かう源頼義が勝利を祈願した云われる源氏山を背にした源氏家父祖伝来の地である。
また源頼朝の父・義朝の居館があった所でもある。
頼朝が落馬が原因で建久10年(1199)に亡くなると妻・北条政子が夫の菩提を弔うため,正治二年(1200)に明庵栄西を招いて義朝ゆかりの土地に創建した。
墓地には源実朝、北条政子の墓と伝えられる五輪塔がある。本尊は宝冠釈迦如来」とのことです。

続いて英勝寺です。これは本堂。
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唐門
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竹林があります。
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「浄土宗のこの寺は、水戸さまの尼寺で、大田道灌の父・道真以来の居館での地である。
今も鎌倉唯一の尼寺の佇まいを見せている寺である。家康に寵愛されたお梶の方は、大田道灌の曾孫・進六郎康資の娘である。
天正18年に家康の側室になった。
家康の死後、お梶は出家した。
将軍・家光から道灌邸跡を貰い受け、寛永13年(1636)此処に念仏堂を建てたのが始まりです。
その後、水戸家では、山門、仏殿、鐘楼(みな重文)などを造営。この時水戸頼房はお梶の法名をとって英勝寺とし、息女を出家させて開山とした。
昔は水戸御殿と呼ばれた程の格式の高い寺で、三つ葉葵の紋を掲げた総門(県重文)がある。」とのことです。

こちらは海蔵寺本堂です。
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十六の井
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「岩肌の洞穴に縦横四列づつ十六の穴が並び、きれいな湧き水を湛えるこの不思議な井戸は、決して枯れることがないそうです。
誰が何のために造ったのかは分からない。」とのことです。

矢倉の中です。矢倉とは、昔のお墓のです。
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仏殿内部の中央は薬師如来、両脇は日光・月光菩薩です。
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「海蔵寺は臨済宗建長寺派の寺である。
この寺は、建長五年(1253)に鎌倉幕府六代将軍宗尊親王の命によって、藤原仲能(道知禅師)が願主となって、七堂伽藍の大寺を建立したが元弘三年(1333)5月、鎌倉滅亡の際の兵火によって全焼してしまった。
室町時代の応永元年(1394)になって、関東菅領・足利氏満の命により執事の山内上杉憲定が再興。
薬師如来を本尊とする大寺で盛時には谷戸一帯に塔頭が立ち並ぶ程であったが、今はことごとく廃絶してしまった。
本尊は薬師如来(胎内に啼薬師を納めている)」とのことである。

海蔵寺前にある「底抜の井」です。
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化粧坂切通しです。
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銭洗弁天近くの矢倉です。
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銭洗弁天です。この岩屋の中でお金を洗います。
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佐助稲荷奥社です。
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最後に、本覚寺の枝垂桜です。
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  1. 2006/03/21(火) 20:59:50|
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